映画『フロントライン』レビュー
イントロダクション
映画『フロントライン』は、2020年2月に横浜港に入港した豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」で起きた新型コロナウイルス集団感染をベースにした、“事実に基づく”医療ヒューマンドラマです。
災害医療専門チーム・DMAT(ディーマット)の医師や看護師、厚労省官僚、船内クルー、メディアなど、さまざまな立場の人々が「この国を守るのか、目の前の命を守るのか」という究極の選択に直面する姿を描きながら、パンデミック初期の混乱と葛藤、そして“ケアする人を誰がケアするのか”というテーマに踏み込んでいきます。
作品情報
- タイトル:フロントライン(FRONTLINE)
- 公開日:2025年6月13日
- 上映時間:129分前後
- 監督:関根光才(『生きてるだけで、愛。』『かくしごと』など)
- 企画・脚本・プロデュース:増本淳(『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』『THE DAYS』)
- 製作国:日本
- ジャンル:医療ドラマ/サスペンス
- 配給:ワーナー・ブラザース映画
キャスト紹介(主要キャラ)
| 役名 | キャスト | 立ち位置・キャラクター |
|---|---|---|
| 結城 英晴 | 小栗 旬 | DMAT指揮官。湘南市民病院の救急部長で、現場叩き上げの救急医。神奈川県の医療危機対策統括官としてクルーズ船対応の陣頭指揮を執る。強い自負と責任感ゆえに周囲とぶつかることも。 |
| 立松 信貴 | 松坂 桃李 | 厚生労働省の官僚。国内への感染拡大を食い止める“国益”を最優先に動き、結城と対立しつつも、政治と医療の板挟みで苦悩する。 |
| 真田 春人 | 池松 壮亮 | DMAT隊員の医師。岐阜に家族を残して横浜に向かう。未知のウイルスに立ち向かう恐怖と、「自分が現場に行くことで家族が差別を受けるかもしれない」という不安の間で揺れる。 |
| 仙道 行義 | 窪塚 洋介 | DMAT事務局のNo.2で実働部隊トップ。現場至上主義で、法律や経済にも通じる“切れ者”。東日本大震災で結城と共に戦った戦友で、今回は船内での現場指揮を担う。 |
| 羽鳥 寛子 | 森 七菜 | クルーズ船のクルー。自分自身も危険にさらされながら、乗客の不安を少しでも和らげようと奔走する。 |
| 上野 舞衣 | 桜井 ユキ | TV局の記者。取材合戦と“視聴率”の論理の中で、どこまで報じるべきか葛藤する報道側の代表的存在。 |
| 河村 さくら ほか | 美村里江、吹越 満、光石 研、滝藤 賢一 ほか | 乗客や行政、船会社の関係者など、それぞれの立場から“あのとき”の現場を体現する名バイプレイヤー陣。 |
あらすじ
2020年2月。乗客乗員3,711名を乗せた豪華客船が横浜港に入港する。だが、香港で下船した男性の新型コロナウイルス感染が判明し、船内でも100人以上が発熱や咳などの症状を訴え始めていた。
日本にはウイルス災害に特化した専門機関がなく、急きょ呼び出されたのは地震や洪水などの自然災害のプロである災害派遣医療チーム・DMAT。彼らは、未知のウイルス相手に十分な訓練も装備もないまま、“命の最前線(フロントライン)”に放り込まれていく。
神奈川県の医療危機対策統括官でDMAT指揮官の結城英晴(小栗旬)は、県庁に設置された対策本部から全体の指揮を執る。一方、東日本大震災でともに戦った戦友・仙道行義(窪塚洋介)は、船内に乗り込み現場の司令塔を任される。
彼らと向き合うのは、国内へのウイルス流入を阻止したい厚労省の官僚・立松信貴(松坂桃李)。乗客全員を守ろうとする医療現場と、“国全体”を守ろうとする行政の論理が激しくぶつかり合い、判断が少し遅れるだけで事態は一気に悪化してしまう。
船内では、岐阜に家族を残して駆けつけた医師・真田春人(池松壮亮)をはじめとするDMAT隊員たちが、限られた防護具と情報の中で患者のトリアージや搬送計画に追われる。船のクルーである羽鳥(森七菜)は、自らも感染リスクと不安を抱えながら、乗客のメンタルケアに奔走する。
一方で、YouTubeに投稿された医師の内部告発動画や、TV局の過熱報道によって世論は“誰かを悪者にしたい空気”に包まれていく。現場で命を賭けて戦うDMAT隊員やその家族にまで、偏見と差別の矛先が向かい始める。
船外と船内、現場と官僚、メディアと世論──それぞれの思惑と正義がぶつかり合う中、彼らは「この国を守る」という抽象的な使命と、「今ここにいる一人の命を救う」という目の前の現実のあいだで揺れながら、全員を無事に下船させるための“最善の一手”を探し続ける。
私の感想
※ここからは完全に“私の感想”モードで書きます。
① コロナ禍を「消費」じゃなく「記録」として撮った感じ
観る前は、もっと派手なパニック映画を想像していました。防護服で走り回って、ギリギリのところで大逆転!みたいな。でも、実際の『フロントライン』はそういう盛り上がり方をあえて外してきます。
全体的にテンションは抑えめで、現場のバタバタや会議のすれ違いが淡々と積み重なっていく構成。その“淡々さ”が逆にリアルで、「あの頃って、確かにこういう空気だったよな…」とじわっと胸に来ました。
「正義のヒーローが全部解決してくれる」話ではなくて、立場ごとの“別々の正しさ”がぶつかり合い、その間で疲弊していく人間たちの話。ここが本作の一番の見どころだと感じました。
② 豪華キャストが“カッコよさ”よりも“仕事感”で魅せる
メインの4人──小栗旬・松坂桃李・池松壮亮・窪塚洋介は、とにかく“仕事してる感”がすごいです。
- 小栗旬の結城は、いかにも現場叩き上げの指揮官。真っ直ぐすぎるがゆえに、官僚側や現場とぶつかる姿がリアルで、「こういう上司いるわ…」と思わせる説得力。
- 松坂桃李の立松は、完全な“悪役”になりきらせない絶妙なライン。国益・責任・出世・恐怖がぐちゃっと混ざった顔をしていて、「叩きやすい官僚」像に単純化していないのが良かったです。
- 池松壮亮は、ちょっと弱さも見せる若手医師。家族への負い目や、SNSでのバッシングへの怖さがにじんでいて、「ヒーローじゃなく、普通の人が最前線に立たされていた」という事実を体現していました。
- 窪塚洋介演じる仙道は、いちいちセリフが刺さる“現場の切れ者”。検疫や船長にズバズバ切り込んでいく姿は、観ていてかなりスカッとします。
全員が“かっこいいヒーロー”ではなく、“仕事として必死でやっている人間”として描かれているのが印象的でした。
③ 「ケアする人を、誰がケアするのか?」という問い
本作で一番グッときたのは、DMAT隊員たちの家族の描かれ方です。彼らは拍手されるヒーローである一方で、現実には偏見や差別にさらされる側でもあった──そのギャップがすごく痛い。
「患者を助けてくれてありがとう」と言われるどころか、「医療従事者の家族だから近づかないで」と距離を置かれてしまう。あの頃ニュースで見聞きしていた出来事が、フィクションを通して改めて“感情ごと”再体験させられる感覚でした。
映画を観ながら、「ケアする人のケアって、結局ちゃんとできていたんだろうか?」という問いがずっと頭から離れませんでした。これは医療現場だけでなく、介護、教育、ライフライン、お店、宅配…あらゆる“エッセンシャルワーカー”に共通するテーマだと思います。
④ メディア&SNS時代の“正義の感染”
もう一つ、おもしろかったのがメディアとSNSの描き方です。内部告発動画が拡散され、報道番組が煽り気味のテロップをつけ、視聴者が「誰が悪いのか?」を探し始める。
映画は、その“正義の炎上”を一方的に批判するわけではなく、「あの時の自分も、何かを決めつけていなかったか?」と静かに問いかけてきます。
- “正しさ”を主張する動画の裏で、傷ついている人はいなかったか
- “真相を暴く報道”の影で、現場のモチベーションはどうなっていたか
観ていると、どうしても自分のコロナ禍のSNSの振る舞いを思い出してしまって、ちょっと居心地が悪くなります。でもその“居心地の悪さ”こそ、この映画の価値なんだろうな、とも感じました。
⑤ いま観るからこそ意味がある一本
正直、「コロナの映画か…もう振り返りたくないな」と感じる人もいると思います。私も少しそうでした。でも、日常がかなり戻った“今”だからこそ、あのとき最前線で何が起きていたのかを整理して観る意味は大きいな、と感じました。
- 当時の政治判断や医療体制への不満
- 現場と官僚の温度差
- SNS時代ならではの“正義の暴走”
- それでも、自分の身を削って誰かを守ろうとした人たちがいたこと
『フロントライン』はその全部を、感動ポルノにも安易なヒーローものにもせず、ギリギリのバランスで描いている作品だと思います。
まとめ
コロナ禍を題材にした作品というと、どうしても“暗い話”を想像しがちですが、『フロントライン』は決して絶望だけを見せて終わる映画ではありません。
もちろん、観ていてしんどい場面もたくさんあります。ただ、ラストまで観終わった後に残るのは、「あのとき、あそこで踏ん張ってくれた人たちがいたから、今の自分の日常があるんだな」という、じわっとした感謝と敬意でした。
- コロナ禍をちゃんと振り返るきっかけがほしい
- “現場 vs 官僚 vs メディア”という構図を落ち着いて見直したい
- DMATや医療従事者のリアルな葛藤をドラマとして味わいたい
こんな方には、かなり刺さる一本だと思います。
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