Kindleのおすすめに何度も出てくるのを、しばらく無視していました。
「日本人初のダガー賞受賞」という文字。ああ、また賞の力で売れてるやつか、と。ひねくれた見方をしていたんです。
でも紹介ページを開いたら、文庫換算でたった208ページ。薄い。これなら寝る前に読み切れるだろう、くらいの気持ちでポチりました。
結論から言います。寝られませんでした。
『ババヤガの夜』の感想を、前半はネタバレなしで、後半は軽くネタバレを入れて書きます。未読の方は前半だけ読んでもらえば大丈夫です。
『ババヤガの夜』ってどんな小説?(ネタバレなしのあらすじ)
主人公は新道依子(しんどう・よりこ)。趣味は暴力。それだけ。
体格に恵まれ、殴り合いでしか自分を確かめられない女です。ある日チンピラを叩きのめしているところをヤクザに見込まれ、関東有数の暴力団・内樹會(うちきかい)に拉致される。
そこで命じられたのが、会長の一人娘・尚子(しょうこ)の護衛でした。
箱入りで、たおやかで、屋敷から一歩も出られない令嬢。暴力しか知らない女と、暴力から徹底的に隔離されて育った女。噛み合うわけがない二人が、同じ部屋で日々を過ごすことになります。
物語の舞台は1970年代の日本。そして章のあいだに、なぜか老夫婦の穏やかな日常が挟み込まれる。
……この「なぜか」が、この小説の心臓部です。ここから先は読んでのお楽しみ。
作品情報
- 著者:王谷晶(おうたに・あきら)
- 出版社:河出書房新社(単行本2020年/河出文庫2023年)
- ページ数:208ページ(文庫)
- 装画:寺田克也/文庫解説:深町秋生
- 英訳版:『The Night of Baba Yaga』翻訳=サム・ベット
日本人初のダガー賞受賞。何がそんなにすごいのか
ダガー賞は英国推理作家協会(CWA)が主催する、ミステリの世界最高峰の賞です。米国のエドガー賞と並ぶ、と言われています。
その翻訳小説部門を、2025年7月に『ババヤガの夜』が獲りました。この部門が2006年に設立されて以来、日本人としては初めてです。
しかも受賞歴はこれだけじゃない。
- 英クライム・フェスト スペックセイバーズ新人小説賞 受賞
- 英クライム・フィクション・ラバー 最優秀翻訳賞 受賞
- 米ラムダ文学賞 LGBTQ+ミステリー部門 ノミネート
- 米ロサンゼルス・タイムズ「この夏読むべきミステリー5冊(2024年)」選出
- 英デイリー・テレグラフ「スリラー・オブ・ザ・イヤー」選出
イギリスのタイムズ紙は「怒り、ユーモア、スリル満載」、ガーディアン紙は「激しい暴力と素晴らしい優しさが交互に訪れる」と評しました。累計は34万部を超え、11の国と地域で出版が決まっています。
ここで気になるのが、なぜ日本のヤクザ小説が、海外でこれほど刺さったのかということ。
僕なりの答えは後半に書きます。
『ババヤガの夜』の感想|暴力が、やさしさの形をしている
まず、文章が速い。
無駄がひとつもないんです。説明しない。心情をこねくり回さない。殴る、蹴る、折れる、血が出る。その連続で、気づけば人物の内面が浮かび上がっている。
この「説明しない強さ」が、日本のノワールにこれまであまりなかった質感だと思いました。日本の犯罪小説って、どうしても組織の理屈や男の美学を丁寧に語りたがる。義理と人情の解説が入る。
『ババヤガの夜』にはそれがない。ヤクザの世界を、内側からではなく斜め下から見ている。
依子はヤクザじゃない。組の論理を信じていないし、出世する気もない。ただ雇われて、そこにいるだけ。だから彼女の目に映る極道社会は、驚くほど滑稽で、みっともなく、ちっぽけです。
これが効く。海外の読者が「ヤクザ小説」に期待するエキゾチックな様式美を、この小説は最初から相手にしていないんです。
そしてもう一つ。暴力の描き方が異常にやさしい。
矛盾しているようですが、本当にそうなんです。依子が振るう暴力は、支配のための暴力じゃない。彼女にとって拳は、言葉が届かない場所に何かを伝えるための、唯一の手段なんですよ。
殴るシーンを読みながら「ああ、この人はいま、誠実なんだな」と思う瞬間が何度かあります。こんな読書体験、そうそうない。
気になった点も正直に書くと、テンポが速すぎて、周辺人物の描写はかなり削ぎ落とされています。組の若い衆や敵対する連中は、記号的といえば記号的。人物群像をじっくり味わいたいタイプの人には物足りないかもしれません。
でもこれは欠点というより、選択だと思います。208ページで走り切るために、作者は迷わず捨てている。その判断がいい。
評価と、こういう人に読んでほしい
読み終わって最初に思ったのは「もう一回、頭から読まないと」でした。二度読み前提の小説です。
満点にしなかったのは、さっき書いた周辺人物の薄さだけ。そこさえ気にならなければ、迷わず5でした。
こういう人に刺さると思います。
- 『キル・ビル』『ジョン・ウィック』みたいな暴力の様式美が好きな人
- 女性同士の関係を、恋愛でも友情でもない言葉で描いた話を読みたい人
- 分厚い小説を読む時間がないけど、ガツンと来る一冊がほしい人
- 日本の小説が海外でどう読まれているのか興味がある人
逆に、暴力描写がまったくダメな人にはおすすめしません。ここは本当に容赦がないので。
【軽いネタバレあり】この小説の本当の仕掛けについて
ここから先は、物語の構造に触れます。未読の方はここで引き返してください。
. . .
いいですね。では。
先に書いた「章のあいだに挟まる老夫婦のパート」。これがこの小説の仕掛けです。
1970年代のヤクザの物語と、穏やかな老夫婦の日常。まったく無関係に見えるこの二つが、ある地点で繋がる。時間軸のズレが、静かに、しかし決定的に効いてくる。
僕はそこで一度本を閉じました。「そういうことか」と声が出た。
うまいのは、この仕掛けが驚かせるための仕掛けじゃないところです。読者を騙して悦に入るタイプの叙述トリックとは全然違う。
この構造が伝えているのは、たったひとつのこと。あの夜のあと、彼女たちがどう生きたのか。
それを直接書かずに、読者に発見させる。だから読み終えたあとの余韻が、こんなに長く残るんだと思います。
そしてこの小説の核にあるのは、依子と尚子の関係です。
これを「百合」とか「シスターフッド」という言葉で括るのは、たぶん正確じゃない。作中でも、二人の関係に名前は与えられません。恋愛でも、友情でも、庇護でもない。
宇垣美里さんが「友情でも愛情でも性愛でもない、ただ深いところで結ばれたこの関係に、名前など付けられない」と評していますが、これが一番近い。
僕がいちばん唸ったのは、依子が発する「誰かの何かとして生きるのは無理だ」という趣旨の言葉でした。
娘として、妻として、母として。あるいは組の人間として、会社の人間として。人間はたいてい、何かの役割を引き受けて生きています。長く仕事をしてきた人ほど、その役割にがっちり食い込まれている自覚があるはずです。
依子はそれを拒否する。誰の何にもならない。ただの自分として、暴力とともに生きる。
その姿勢が、性別も国も飛び越えて刺さるんだと思います。ダガー賞の選考委員が反応したのも、たぶんここじゃないか。ヤクザという日本固有の題材を扱いながら、テーマが徹底的に普遍的なんです。
翻訳のサム・ベットさんの仕事も大きいはずです。この文章の速度を英語で保つのは相当に難しいと思う。日本のノワールが世界に届いた背景には、確実に訳者の存在があります。
結末については書きません。というか書けません。あれは自分の目で確かめてもらうしかない類のものです。
まとめ
『ババヤガの夜』は、208ページで人生を一本まるごと投げつけてくる小説でした。
暴力小説の顔をしていますが、読み終わったあとに残るのは、静けさとやさしさです。この落差が、ダガー賞という結果に繋がったんだと納得しています。
僕はKindle版で読みましたが、これは電子書籍と相性がいい小説だと思います。読み終わったあと、すぐ冒頭に戻れるので。実際、僕はその場で1章に戻りました。
まだ読んでいない方は、ぜひ。二度読みを覚悟してダウンロードしてください。
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