柴田哲孝『GEQ大地震』あらすじ・感想
「フィクション」だと分かってるのに、読み進めるほどに背筋が冷える。
“本当にそんなこと、あり得るのか?” と疑いながら、気づけばページをめくる手が止まらない——それが『GEQ 大地震』でした。
題材は、1995年の阪神・淡路大震災。
そして本作が投げてくるのは、最も危険な問いです。
あれは本当に、自然災害だったのか?
作品情報
- 書名:GEQ 大地震(角川文庫)
- 著者:柴田哲孝
- ボリューム:512ページ(文庫)
- 公式紹介:未曾有の大地震に「不審な点」があった——大震災の謎に挑む長編ミステリー
- 書誌(国会図書館):角川文庫として登録あり
あらすじ
震災から13年。
主人公はジャーナリストの松永。きっかけは、亡き友人が遺した“謎”でした。
「お前なら辿り着ける」とでも言うように、点と点が不気味に繋がっていく。
当時の混乱、不可解な現象、説明のつかない“違和感”。
情報を拾い集めるほど、松永の中でひとつの疑念が形になります。
——あれは人工的に起こされたのではないか。
物語は神戸だけで終わりません。
調べれば調べるほど、背後に見え隠れする“国家”“利権”“国際情勢”。
舞台も視界もどんどん拡大し、「陰謀ミステリー」の皮を被った“現代の怪談”みたいな読み味に変わっていきます。
読みどころ
1) 「ノンフィクションっぽい筆致」がいちばん怖い
本作は、事実と作り話の境目をわざと曖昧にしてきます。
だからこそ、読んでいて脳が勝手にこう補完するんですよ。
「これ…ニュースで見た話と繋がるやつじゃない?」
この“虚実皮膜”の感覚が、ホラーより効く。
2) 陰謀の組み立てが妙に“整合的”
レビューでもよく言われていますが、突飛なのに筋が通って見える。
「こじつけ」と切り捨てることもできるのに、読むほどに “もしも”が現実みたいに見えてくる のが厄介です。
3) 読後に「現実の見え方」がちょっと変わる
読み終わった後、ニュースの見方が一段階変わるタイプの小説。
陰謀好きじゃなくても、“情報の裏側を想像するクセ” がつく感じがあります。
感想
序盤から震災の空気感の描き方がやたら生々しくて、ページをめくる手が止まらなくなりました。
というのも、私の地元が西宮で、震災当時の“あの尋常じゃない揺れ”を鮮明に覚えているんです。
寝ていた体がいきなり放り投げられるような感覚。家がミシミシじゃなくて、**建物そのものが「うなってる」**みたいな音。「これは普通じゃない」って、本能が先に叫ぶ。あの感覚って、時間が経っても消えないんですよね。
だからこそ『GEQ大地震』の怖さは、ただのホラーじゃない。
現実の記憶に“物語の影”が重なってくるタイプの怖さで、読んでいる間ずっと、あの揺れの記憶が背景に居座るんです。
そして本作が踏み込むのが、いわゆる 「人工地震」 という最も危険な領域。
(もちろん小説=フィクションの話なんですが)主人公が震災の“違和感”を拾い集めていくうちに、自然災害では説明しきれない点が、まるでパズルのピースみたいに噛み合っていく。ここからが、読者の心が一番揺らされるところでした。
軽いネタバレを言うと、主人公が追いかけるのは「誰が得をしたのか」「その直後に何が動いたのか」「なぜその情報が消されるのか」という、災害そのものより“周辺”の話です。
調べるほどに、個人の事件じゃなくて、国家レベルの意図や利権みたいなものが見え隠れしてきて、物語のスケールがどんどん広がっていく。ここで読者は、気づけばこうなります。
- いや、さすがにそれは…(と否定したい)
- でも、筋が通って見える…(と揺らぐ)
- っていうか、そこまで踏み込んだら危ない…(と焦る)
この“揺らぎ”が、柴田哲孝のいちばんズルいところで、
フィクションのはずなのに「これノンフィクションじゃね?」って思わせてくるんですよね。
派手な盛り上げじゃなくて、証言・資料・タイミング・人の動き方を、淡々と積み上げて「可能性」に見せる。だから読んでる側も、信じる/信じない以前に、疑いのスイッチを押されてしまう。
個人的には、ここが一番刺さったし、一番怖かった。
西宮で体験した、あの現実の揺れを知っているからこそ、「人工」という言葉が物語上のギミックに留まらず、頭の中で嫌なリアリティを帯びてしまう。読み終わった後もしばらく、ニュースの見え方が変わるというか、“答え”より“違和感”だけが残る感じがありました。
もちろん、現実の出来事を断定するための本ではなく、あくまで小説としてのスリルなんです。
でも、フィクションだと分かっていても揺さぶられる。
それってつまり、「物語の上手さ」と「題材の重さ」が両方効いてるってことなんだと思います。
まとめ
『GEQ大地震』は、震災を題材にしながら「事件の中心」ではなく、**その周辺で起きた“違和感”**を積み上げていくタイプの社会派ミステリーでした。
物語が進むにつれて、主人公が辿り着くのは、いわゆる 「人工地震」という最も刺激の強い仮説。もちろんフィクションの枠の中の話なのに、証言や資料の組み立てが妙にリアルで、読んでいる途中に何度も 「これノンフィクションじゃね?」 と錯覚させられます。
そして私の場合、地元が西宮で、震災当時の尋常じゃない揺れを鮮明に覚えているからこそ、物語の“もしも”がただの娯楽で終わらない怖さとして残りました。
本作は「答え」を提示するというより、読者の中に “疑いのスイッチ” を残していく作品。読み終えたあと、ニュースや社会の見え方が少し変わる——そんな読書体験を求める人には、かなり刺さる一冊だと思います。
ブログランキング
ポチッと応援していただけたら嬉しいです

コメント